おしらせ 瞑目のMVを公開しました

わたしの人生とやや俯瞰さん

何日か前にわたしの人生の絶望側の話をどぅるどぅると垂れ流したのですが、思考の整理ができてなさすぎました。ぐちゃぐちゃすぎて何言ってるのか分からんし、内容がなんかめちゃくちゃ暗いな!と思ったので、反対に希望側も書いてこ〜という感じです。
読み返しているうちに、なんかこれ違う…ってなるところがあったので、やや俯瞰気味(になってるとうれしい)追記です。

ーーー

絶望さんの後半で、わたしは好きな人が云々、みたいなところを散々ぐちゃぐちゃ言っていましたね。あの部分を読み返した時にどうも自分の中で全然しっくりきてなくて、うーむ…?と思ったのでもう少し思考をほりほり考えてみました。

わたしは、その人の作品が好き、かつ人間的にも尊敬している部分があって、どこかすごく似ているのに全然違う部分があって、なんでこういう表現をしたのかなって気になるような相手のことをすごく好きな人って言ってる気がします。
ニュアンス的には「おはなししたい!どんな人なのかしりたい!それから仲良しになりたい!」みたいな感じだな、と。実際にはもう少し仄暗い感情もある気はしますが、メインは知りたい!話して仲良しになりたい!の方です。

友愛、恋愛、無償の愛…などいろいろありますが、好きの内容を自分の中でどれほど細かく定義しようとしてもどの言葉もしっくりきません。わたしがその人に対して「仲良くなりたい、お話ししたい、距離を縮めたい」と思ったこと、それが現実であり事実です。
そう気付いた時は、それは相手がいいよと言えば可能なことであって、自分が己の気持ちを相手に無理矢理押し付けるようなことがなければ健康的なコミュニケーションなはず。だから、怖がる必要はないんじゃ…?と思ったんです。

でも、すこし問題がありました。わたしはその人を自分に都合がいいと思って好きだと感じているんじゃないか?という不信感を自分に持っていることです。
わたしは幼い頃に自分の中に『自分にとって揺るぎない味方であるだれか』を創り出しました。今でもそれに頼っている気がします。それは、関わった人たちから、”あなたのここがすき!”っていう細かい要素をたくさん拝借して一つにまとめた『自分の脳内にいる絶対的に優しくて自分の心を守ってくれる存在』です。タルパと呼ばれるような、幻覚と呼ばれるような、そんな感じのなにかに近いのかもしれません。でも、タルパや幻覚と違って、わたしにすらはっきり姿が見えてるわけじゃないし、現実にはこんなに自分にだけ都合のいい存在はいないとわかっています。
『自分にとって都合のいいように創り上げたなにか』以外は曖昧なそれを、現実の誰かに投影するのはしちゃいけないことだと分かってもいます。なのに、自分が誰かと密接な関係になった時に全く投影しないでいられる自信がないです。
私はやっぱり、どこまでも自分を信用していないんだと思いました。でも、なおします。だって、こんなこと考えずに、好きな人たちと楽しく過ごせるようになりたいから。

誰かと仲良くなりたいなと思った時に毎回激しくこのような葛藤が起きるわけじゃないのですよ。でも、そうなる相手とならない相手の違いを、なにがどうしてと言葉にできません。直感のような、感覚的なものなので説明できないんです。お互い、あるいはどちらかが強烈に引っ張られる、引力のようななにか。
わたしは普段は、なにか物事が起きた時に「なんでこうなったのかな?」と、理論の部分をかなり気にします。だから理論より先に感覚が痛烈に興味を持つと、なにも分からなくなっちゃうんだと思います。加えて、自分の中にずっとある、「順番を間違えると全て失敗する」という強迫観念のようなものは消えていません。だから、感覚的に誰かに強烈に引っ張られる=自分が理解してからじゃないとその人と仲良くなることは許されない!失敗したくない!と思う。けど、はやく仲良くしたい、それは不可能だ、でもやっぱり仲良くしたい…というループにはまってエラーが出てしまいます。

そもそも、これまでの人生の中でも、自分からこの人とすごく仲良くなりたーい!と思うような相手は滅多にいなかったのです。だから、見つけた時は期待するし緊張します。期待が大きいから、だめだった未来を考えるとすごくこわくなるし、どうしたらその結果を避けられるだろうかと悩んで考えすぎるので余計ぐるぐるになります。大期待人間それ故にてんやわんやということです。
で、わたしは過去の経験から、「人間関係はほとんどが最悪の爆発の仕方をして終わりを告げる」という思い込みと、「期待すればするほどなにも手に入らない」という思い込みがかなり強いので、それはそれはひどい状態になったと。なるほどですねえ。

でも、1人で考えても答えは出ないことはあるんだなと改めて思いました。どちらか、あるいはお互いが動かなきゃなにも始まらないこと。それはやはり、相手がいることだから。自分の答えが常に同じじゃないように、相手の答えも時と場合で変動するから。いつか日記に書いていた、「山と山は出会わない」を激しい形で体験しました。
現実は全然複雑じゃなくて、その時にお互いに話したいと思えば話せる。お互いに仲良くなりたいと思ったら仲良くできる。それだけなんだと思います。一度仲良くなったら死ぬまでずっと仲良くしてなきゃいけないって義務もないですしね。その時によって、で動いていいんだなと。

また散々こねくり回して文字を打ち込んだけど、
思考を暴走させた原因は『とても仲良くなりたいと思い拘る相手が出現したこと』で、拗らせた原因は『過去の経験から学習してきた恐怖』です。でも、きっと今はまだ解決法がありません。
いつかまた出会う時に、わたしが仲良くなりたいなと思っている相手も、わたしと仲良くなりたいと思ってくれたらいいなって思います。それだけです。

考えすぎも体に毒です。し、度が過ぎて他者にも毒をばら撒いている大迷惑テロリストになっていました。ごめんなさい。
常にTake It Easyですよ、己。イーグルスを聴きましょう。憧れの高田純次師匠の背中がすこし遠ざかりましたね。