おしらせ 瞑目のMVを公開しました

自分用のフィルター

わたしは人生をケロロ軍曹のフィルターつけながら生きてます。たまにアンニュイ気取りたい時はなんかちょっと報われない映画とかみて影響されますけど、基本ケロロ軍曹とかアザゼルさんみたいなSFギャグのフィルターが付いてる感じです。何もなしで生きるよりたのしいから。聴いてる音楽で‪無敵感を得ながら街を歩くのとニアリーイコールな感じですかね。
あと自分の見た目を自分好みにしてみてから、ゲームの主人公をキャラメイクして動かしてるっぽい感覚がついて生きるの楽しくなりました。もっと髪型こうしちゃおうかな?とか、服装こっちにしてみようかな?とか、お肌の手入れしてみるか〜!とか。ちょぴっと健康にもなりました。はっぴー。

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最近、前より融通が効くようになったと思います。3人とか4人の家族でシャケの切り身が2切れあったとして、じゃあ1、2人食べられないねって思ってたのが前まで。最近は、切って分けたらいいのでは?って考えになりました。
あとあれです、一回決めたこと、今そうなってることってこれからもずっと当たり前にそうで固定されてるものだと思ってたんですけど、常に変わってるのですね、全て。
なんなら学校を卒業することとかもよく分かってなかったです。あ、本当に卒業って自分もするんだ、なんで?みたいな。
なんか深いこと言ってる風ですけど、前歯が年々内側に入ってきてるねって歯医者さんに言われて考えたことです。咬合により、生活に支障が来されている。こんにゃろ〜い。

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わたしの中にある好きとか嫌いって感情は、自分がそう思いたくて設定してるだけのことなのかもしれないなって思う時があります。もちろん、相手によるんですけど。見るのも嫌だぜ二度と関わるな嫌いだなって言いながら‪も自分から意地悪しにいくような人って、ほんとに嫌い嫌いも好きのうちっていうか。ほんとに好きじゃないなとか、合わないなと思ったら関わらないだけな気がします。気になるからちょっかいかける。相手が自分を受け入れてるって思ってたら、嫌い!!って言わなかったんだろうし。人から嫌われるのを怖がって、先にこっちの方が嫌いだし!って言ってたのかなぁ、と。

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過去を振り返ると、関わってた人も自分もひどく醜いものだと思ってそれで固定化されちゃうことが多いんです。この前ふと学生時代の軽音サークルの動画をみたのですが、思い出とはだいぶ違いましたねえ。多分、良い意味で。
大嫌いだった人も自分も、ちゃんと喋ったり楽しそうに笑ったりしててびっくりしました。あれ、こんなに友達と話してたんだ!とか。先輩にだいぶ可愛がってもらってたんだなあ…とか。色々良い思い出をかなぐり捨てて全部ドドメ色に塗りつぶしてたのは今の自分でしたね。思い出すと吐きそうな思い出もどこかに埋まってる気がしますけど、悪いこと100%じゃなかったって気付けてハッピーだと思っておきます。いえすポジティブシンキング。

うーん、自分が良いと思うフィルターを獲得して、その世界に没入できたら楽しく生きられるのかもなぁとおもいました!