おしらせ 瞑目のMVを公開しました

麗しの君

学生の頃、疲弊してフラフラ下を向きながら歩いていると、最寄り駅階段の端に薄緑色で手のひらくらいの大きさのなにかが在った。
すぐに何なのかはわからなかったが、踏まれたらくしゃくしゃと崩れてしまうなにかだと思った。向かいからは退勤した人の群れ。咄嗟に自分の脚を何段か上まで突っ張るように踏み出して、股下に来るように覆った。
手をそっと差し入れ、持ち上げようとしたがすぐにやめた。触角と薄い羽が風でそよいだのみで、脚はぴくりとも動かず、既に生涯を終えているのだとわかったから。
正体はオオミズアオ。直接目にしたのは初めてだった。後から調べたら、都心部ではかなり珍しいようだった。23区内では絶滅危惧種に指定されていて、目撃談があればちょっとした騒ぎになるくらいの生き物。

自分の他にあの階段でそっと生涯を終えたオオミズアオについて言及している人はいなかった。本当に存在していたのか、自分だけがみた幻だったのかすら分からない。
本当にいたのかなんて瑣末なこと。ただ、あの頃と同じ季節になると思い出す。
もしもまたどこかで会えたなら、その時は楽しげに空をひらひらと舞っていてほしいと思ってしまう。それはこの人間の思う勝手な願望。どこか神秘的で麗しい君の密かな死を感じたから悲しくなったなんて、自分の勝手な気持ちでしかないと分かっている。分かっているはず、なのに。

とにかく、あの子が良いと思うならなんでもいい。どんな形でもいい。どうかお元気で。