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わたしの人生と絶望さん その2



崩れてからもなんとかわたしの体の形を繋ぎとめておくことはできたけど、希望を持ってはその度に潰れて結局ずっと心はよくわからない暗闇の中です。
誕生日付近に「お誕生日プレゼントには何が欲しい?」って聞かれて、日本で発売されてる髪の色が変わるリカちゃん人形がほしいって言ったけど、中国では売ってないし、日本で発売されてもしばらく帰国できないから手に入らないってわかってました。
暴れたって、ワガママ言ったって手に入らないものは手に入らないってその頃にはイヤってほど知ってたから、何回も何回もやっぱりこれかわいいなあ、たのしそうだなあって思いながらリカちゃんの写真が載ってる雑誌のページを見つめて、スケッチブックにリカちゃんと遊んでる自分の絵を描いて自分の機嫌を取ったりして。

そうやって傷付かないように頑張って、崩壊した後もしばらくごまかせてたのに完全に決壊する時は来ちゃうんですよね。
わたしはその頃からずっと、風景や生き物をぼーっと見てるのが好きです。多分、無意識に癒されたいと思ってるんだと思います。それはきっと今でも。

決壊のきっかけを感じた最初は、カタツムリでした。警備員さんとお母さんが話していて、わたしは警備員さんに「みて!かたつむり!」って言って、いつもみたいに指でつつこうとしたんです。そしたら、警備員さんは「それは汚いから触っちゃダメだ!」って言いながら、壁に這ってるカタツムリを踏み潰しました。グシャ、カシャ、パキパキって、殻が細かく割れる音がしました。びっくりして、悲しくて、カタツムリに申し訳なくて、「何で殺したの!!」って大声で警備員さんを責めるように泣き喚いて。
泣きじゃくりながら家に帰った後に、おかあさんが教えてくれました。中国ではカタツムリは寄生虫感染の原因になり得る生物で、危ないから触っちゃダメって認識なんだって。警備員さんはわたしのことを思って踏み潰したんだって。
わたしはそれを聞いてさらに絶望しました。だって、そうだとしたら、あのカタツムリが死んだのはやっぱりわたしのせいだから。無知は罪です。馬鹿でものを知らないわたしは、傷付けるだけにとどまらず、ついにカタツムリを殺しました。

でも、それもきっかけでした。決定打になったのは、マンションの敷地内にある池にオタマジャクシとカエルがいて、1人でそれをじーっとみてた時です。すいすい泳いでるなぁ、かわいいなぁって思って何時間も。
それで、そのうちマンションの他の棟に住んでる日本人の子に話しかけられて、「ねーねー、このカエル掬える?」って。わたしは勝手にこの子もカエル好きなんだって思い込んで、嬉しくなって、「うん、掬えるよ!」ってニコニコで返事して。急いで家に網を取りに帰って、カエルを一匹掬って陸にあげたら、その子は「面白いことするから見てて!」って言った後、すぐにわたしが掬ったカエルをローラースケートと石の間に挟んで轢き潰しました。
また、命が爆ける音がしました。今度は破裂音でした。「パンッ」て、アイスの袋を握りつぶした時と同じ音でした。一瞬だけ、脳味噌が理解を拒否してブラックアウトした後、絶望に呑み込まれて体が溶ける感覚がありました。立っていられなくなって、手が震えて、持っていた網を落としそうになりながらさっき走った道を這いつくばって帰って、トイレに行って泣きながら吐いて。また自分のせいで死んだ、私が殺したと懺悔して、誰に何回謝っても誰からも許される気なんか全然しなくて。そもそも、誰かわたしを見ているのかも分からなくて。
それから20年少し経っていて、それでも鮮明に思い出せるほど鼓膜にこびりついてます。文字を打ち込む手が震えます。ごめんなさい。

ーーー

今思えば、その頃にはもう完全に頭がおかしくなってたんだと思います。なにかの死の気配に触れるたびに自分が殺したカタツムリやカエルのことを思い出して、吐きそうになって、泣きながら自分の頭を壁に打ち付けて、拳で身体中をアザができるまで殴打して、血が出るまで腕に噛み付いて、爪を立てながら皮膚を掻きむしって、髪の毛を引きちぎって、枕に顔を押し付けて喉が切れるまで叫んで。何も手に入らないどころか自分が奪う側にすら成り下がって、存在しててごめんなさいと思っていました。誰にも得がなくて、私の中には絶望しかないのに生きてなきゃいけない。なんなんだよこの罰は、死にたいけど自分で死ぬ勇気出ないからだれか殺してくれよって思ってました。
一度だけ、おかあさんに、ふざけたふりして「わたしの首絞めてみてぇ?」って、言ってしまいました。わたしが死にたいこと、バレてたと思います。ううん、確実にバレてました。最悪の親不孝です。嫌な思いさせてごめんね。
おかあさんは少し黙ってなにか考えた後、一瞬だけぎゅって絞めてくれました。わたしは、「やっぱり本当に苦しいんだね!やだね!」っておどけて笑って誤魔化した後、部屋に帰って泣きました。なんで泣いてたのか、思い出せません。でも、苦しいのとか痛いのは嫌だなって思いました。自分勝手だから。

それに、今ここで死んじゃったら、中国で地縛霊になっちゃうかも、そしたら日本に未来永劫帰れなくて、死ぬほど会いたい家族に死んでも会えないかも。という‪、割り出せない未来への恐怖と、生きてたらいつか日本に帰れるかも。という一縷の希望を捨てられなくて、死にたくても死ぬことすらできない半端者のままでした。
「あーあー、すごいすごい(笑)小さい頃からなんて自意識が強くてドラマチックな人生なんでしょう(笑)たかが5歳が一丁前に自殺願望なんて、すごいねぇ?(笑)」と、自分の中で声がします。なのに、冗談みたいに扱うことすらいまだ出来ません。
泣きながら文字が意味を持つように必死に打ち込んで、理解してよ!救われたい!って思ってます。でも、本当の意味では救われたらダメだとも思ってます。全然まだちゃんとした生傷なんでしょうね。癒えることあるんかねぇ。生涯生傷なのかなあ。やだな。

ずっと、自分の一番の敵は自分です。あの頃5.6歳だった自分は、今26歳のわたしが楽しそうにしていることを恨めしく思っている気がします。いつでも自分が忘れられないようにピッタリ後ろに張り付いていて、「私のくせに、なんで笑ってんの?なんでそんなに幸せそうなの?何勝手に救われてんの?そんな権利あるの?自分があの子達にしたように、お前もわけわかんないまま死ねばいいのに」って。