おしらせ 瞑目のMVを公開しました

人による

主語を広くして何かを話すことってありますでしょ。女は〜、男は〜とか、若い女だからどうだとか、おじさんがどうだとか。そういうのすきじゃないんです。今自分が勝手にぶち込まれてるカテゴリによって、何ができるかできないかすでに決められてるみたいで。
中でも特に好きじゃないのは「みんな好きでしょ?」です。別に好きじゃないです。明らかに””がついてたり、あえて意味を誇張して話すオタク言葉みたいなのは好きです。ただ、本気で言われたときはうわってなります。”みんな”が誰なのか分からないけど、わたしと相手が共通で認識しているだけのことは、他の大半の人もそう思ってるとは直結してない気がします。関わってる相手がどれだけ仲良くでも、その人のことすら話した内容と勝手に受けてる印象くらいしか知りませんから。話したこともないたくさんの”みんな”のことなんかより一層分かりようないです。
わかってますよ、別に具体的に大半の人を指してる言葉じゃないこと。

それをされたら大抵の人は不快で嫌がるでしょ?って思うようなこと、例えば「わたしぶん殴られるの痛いからイヤなんだよね」って言ったら相手の返事が「それはみんなイヤでしょ」って言葉になるのは道理だと思います。でもその言葉を好きになれないです。
友達に、こう言われるともにゃっとするんだよねって話したら、「クソデカ主語が嫌いなんだね」って言われました。く、クソデカ主語…?って、強そうな単語で意識がそっちに持っていかれかけました。けど、確かにそうなんだと思います。話してるのはわたしとあなたであって、他の人がなんの関係があるんだ…ってなっちゃうんですよね。いや、これは自分でも自分がめんどくさい。言葉狩りに近い気がします。
人間が云々というよりは、言葉の好みの問題なんだと思います。「みんなすきでしょ!」って言われるよりも「私もそれ好き!」って言ってくれる方が10倍嬉しいです。

ーーー

言葉に限らず全ての事柄で、自分:相手のコミュニケーションの枠を出るのが好きじゃないです。しらない間にカテゴリ分けされてたりするのとか悲しくなります。ある程度は必要だと思います。このくらいの年齢のこの性別の人はこうなりやすいからこうしようとか、そういう知識を持った上での動き方とかはありますから。でも、仲良くなりたいと思ってる人が「この人とは年齢差もあるし性別も違うから仲良くなれないな」とか思われたらもう悲しくて悲しくてとてもやりきれない(つたわれ)です。

好きなものを話すときに、年上の人と話が合うことが多いです。わたしが何もわからないながらに好きだったものをど真ん中世代で好きだった人たち。たくさん仲良くなりたいです。でも、相手に気を遣わせたくもない。だからよく分からない枠組みは自分にとってはすごくうざったい邪魔でしかないものです。

わたしが「仲良くしたい!」って言って相手が「いいよ!」と返事してくれるかどうかはまた別問題ですしねぇ。
結局は、いいよorやだよの二択ですけど、やだよの方が安全でいいのかな?と思わせるような材料ばかりがたくさん増えて、「わたしは色んな人たちと何も気にせず仲良くしたいからやだよの方に誘導しないでよぉ!やだやだー!」ってなってるだけです。ただのわがままです。
しかもこれ、その観念に囚われてるのはわたしの方って話あります?もしかしてわたしが仲良くしたいと思ってる人たち側はこんなことあんまり気にしてないのかな。そうなら嬉しいです。

ーーー

エアコン!直ったー!直してもらったからーっ!快適な気配があります。ねむねむ…。

ではまた✌︎