一昨日のライブの時にとってもらったお写真見返してたら、己の表情が緊張でものすごいぎこちないながらにニッコニコで満面の笑顔でした。写真の時いつも変な顔しててウワアアア!ってなります。
いつもは恥ずかしくてお写真撮ってほしいってお願いできないのです。が、少し前に挫・人間のインストアイベントでチェキを撮ってもらって以降は、これを逃したら絶対後悔してしまうって思ったときには「ウオオ!どうにでもなれええ!」ってくらいの気持ちで勇気を振り絞って頼めるようになったんです。その初回がこれ。
で、そのくらい大好きな人と写真撮ってもらってるのに毎回フヒヒみたいな顔しててしょんぼりします。もう本当にヤダ!可愛い顔できるようになりたいです…。切実に。でもこのお写真は印刷して飾ろうと思ってます。とても嬉しかったから。
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人と関わった後は、どれだけ楽しくてもいつも脳内で1人大反省会を開催します。それで、わたしは相手にこう思っていてほしいという気持ちが強いのかもと思いました。それから、自分と物の違いはなんなんだろうと考えました。自分は意識的に何かしようと思うことが多いけど、物は何かのために作られていて自分の意思でどうこうしようとは思っていない気がします。例えば、鉛筆は人間が何かを書くための文房具で、空を飛んだり音を鳴らしたりはできない。みたいなことです。
数日前からずっと似たようなところを考えてます。結果を求めて何か行動する時、理由と結果を逆転して考えてる場合や、やり方を間違えると大体うまくいかない気がするっていうこと。例えば、「友達だからプレゼントをあげた」と「友達になりたいからプレゼントをあげた」はかなり違うとか、そんな感じです。相手に友達になりたいっていう意思が伝わらなければ、ただの貢ぎ物になる可能性もありますからね。
でも、じゃあ土台に持っておいた方がいい考え方があるとしたらそれはどういうものなのかな?とも考えて。自分の出した結論は何回考えても同じで、相手の気持ちを考えつつ自分にも素直に言動をする。ということでした。
自分が本当に望んでいることや考えてることを隠して接すると、あからさまじゃないとしても「裏にほかの理由がありそうだな」とか「なんか嘘ついてるんじゃないかな?」っていう雰囲気は伝わってしまうものだと思ってるので、自分も心地悪いし相手には何も伝わらないっていう大惨事になると思うんです。
とはいえ、それは言わなくていいです!ってところまで素直に全部言うと、デリカシー無いな…って嫌われることもあると思うので、相手の不快じゃないところを見極めつつ自分の気持ちを伝える塩梅を把握することが大事なんだと思いました。
怖がっても絶対勝手に備わってくれない部分なので、きっと実践あるのみですね。失敗した時はものすごくへこむけど、しばらく経てば恥ずかしかった記憶も薄れてきて、よし、次はしないぞ!と思えるので大丈夫なはずです。
続
