おしらせ 瞑目のMVを公開しました

ぷらいすれすなのれす

好きな人たちが増えると、管理できない事に納得ができなくなります。
人を管理したいという気持ちというより、みんなが嫌な気持ちにあまりならないで、たのし〜って思っててほしいみたいな気持ちが強くなります。

んー、いわゆる神様みたいな気持ちなのかなー。
でも、わたしにとって神様はダンゴムシを観察してるわたしみたいなもので、ひとりひとりに名前をつけて同じように可愛がってるとはあまり思ってないのですけど。

どっちかっていうとたくさんの動植物と過ごしている人みたいな感じです。自分の目の届くところに好きな人たちがいて、自分が思う幸せを与えていられたらいいのに。みたいなめちゃくちゃ失礼な気持ち。
だって、動植物とは少し違いがありますよね。自分にも分かる言葉を話していて、自我があるのに、そんなことしたらそこに自由意志の概念なんかなくなってしまうから。そんなことしたら、できてしまったら、わたしは人間のブリーダーか管理者ですよね。
全く言葉を上手に紡げていませんが、動植物を軽んじてるわけではないことも伝わればうれしいです。

上手に言えないけど、それはすごく人道的じゃない気がします。あと、しあわせの基準も人それぞれなのに、それを考えずに自分のしあわせを無理矢理食わせようとするのは単純にものすごく押し付けがましい。

だから、わたしがたまにもつこの思いは、人間には操れるはずもないことで、考えてもあまり意味のないことです。
出来たとしても自分と会ってる相手に会ってる間だけ。でも、自分と会ってる間にたのしい気持ちにできるかもしれないなら、そうします。相手がすこしたのしいと思ってくれるなら嬉しいからです。

わたしは好きだと思う相手のことを信頼しているし甘えているので、自分がすごく余裕のない時に無理して笑ったり良さそうなこと言ったりはしないし、そうじゃない時でも変にゴマすったりご機嫌取ったりしないです。
けど、ほげ〜ってしてるときにほげ〜って話したり過ごしたことで相手も笑ってくれたらすげ〜うれし〜ですね。
生きてる間に出来る限り多くの時間そうであれるように、ゆる〜く、かつしなやかな余裕を常にこころのどこかにはもっている人でいたいのですよね。がんばらねば。好きな人たちがいる間はたくさんがんばれます。

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